La Tomatina

前夜祭

La Tomatina の行なわれる ブニョール (Bunol) は、スペイン第3の都市であるバレンシア近郊にある小さな町である。マドリッドからスペインに入国した我々は、祭りの前日に特急電車でバレンシアに移動し、市内のホテルにチェックインした後、ふたたび取って返してブニョールを目指したのであった。La Tomatina の前日にブニョールで行なわれるという前夜祭を目指したのである。

ブニョールには小さなホテルが数軒あるだけなので、4万人が参加するという祭りの人口を支えることはできない。そのため多くの人はバレンシアに宿を取って、電車で移動する。バレンシアのホテルはこの時期大混雑のようで、私たちがとった宿も通常60EURのところ100EURと倍近くにインフレしていた。もっと元気の良いバックパッカーは、ブニョールの町の近辺で野宿するらしい。

ブニョール行きの近郊電車は一時間に約1本ずつ運行され、片道 2.5 EUR で約50分ほどかかる。バレンシアの都市部を抜けるとそこはスペインらしい荒涼とした大地が広がっている。景色を眺めるのに飽きて、お尻も痛くなったころにやっとブニョールに到着する。

ブニョールの駅前は本当に何もなくて、本当にこんなところで祭りが開催されるのかしら、と不安になる。同様の目的でそぞろ歩きをしている若者の群れは居るが、前夜祭らしきものをやっている様子はあまりない。町のなかをうろうろしてもやる気のない路地が展開するだけである。

そのうち、壁に妙なマークを見つけた。

杖を突いた人があるいているアイコンは、ひょっとしたら散策路(観光ルート?)を示しているのかもしれない。点在するアイコンを追って路地を進むと、そこになんと小さな古城があった。

(Bunolの古城)

古城というよりは砦くらいの大きさだが、なかなか古い石造りで雰囲気がある。壁に貼られた案内によると、14世紀の建造物のようだ。城は丘の上にあり、その南側(駅と反対側)の斜面を見下ろすと、教会の屋根と旧市街の街並みが見えたのであった。

たまたま古城のあたりで遊んでいた少年に「La Tomatinaはどこでやってるの?」と尋ねた(つもりになった)ら、「あっちだよ」とその旧市街を指した(ような気がする)。急な石の坂道を下りていくと確かに先ほどまでの街中とは様子が違い、人が集って電飾が飾られ、若干のお祭りムードが盛り上がっている、町のメインストリートに出たのであった。そしてそこには「La Tomatina」の垂れ幕も。諦めて帰らなくてよかった!(話によると、たまに祭りの開催地が分からなくて参加できない人もいるらしい)


(La Tomatinaの垂れ幕)

メインストリートに面した商店や家々は、店のショーウィンドウに板をうちつけたり、壁全体を大きな青いビニールシートで覆ったりして保護している。明日の祭りの激しさが伺える。

(町のメインストリート)

メインストリートの教会の前は少しだけ広くなって広場のようになっている。ここが明日の激戦区になるとはこのときはまだ知らない。教会に入ってみたら、小さな町にしては結構にゴージャスな綺麗な教会であった。

(大理石使いで意外と豪奢な教会内部)

道端のお店でTシャツを購入。つぶされて飛ぶトマトをモチーフにしたもので何種類かある。

ここで、疲れてしまったので道端のバルで生ビールを注文して一休み。道行く人を見ていたら、綺麗に着飾った、いかにも「ミス・ブニョール」という感じの美少女が数人通りかかった。ひょっとしたらLa Tomatinaに合わせて美少女コンテストをやっているのかしら、と思ったらあまり美少女でない感じの着飾った少女も数名通りかかり、混乱させられる。英語が通じないため周りの人に聞いても要領を得ず、結局前夜祭の全貌はいまだによく分からないのであった。

La Tomatina当日

La Tomatinaの朝は早い。
7:08の始発電車に乗ってブニョールに向かおうと意気込んでホテルを出発したが、混んでいて乗れず。日本と違って満員電車に慣れていない人の群れは、電車の中でも床に座ったりして乗るためにやけに場所をとり、詰め込みが効かないのであった。

しかしこの日は電車が30分に1本と増発されていたため、30分後の電車に無事に乗ることができた。駅のホームも電車の中も、汚れてもいいような格好をした若者(というかバカ者)で一杯である。中にはおそろいのヘルメットをかぶったり、スイカをくりぬいてヘルメットにしたものをかぶったりした気合の入ったバカ者も多く、いやがおうにも祭り気分は盛り上がっていくのであった。

9時ちょっと前、Bunolに到着。

昨日の探検により、会場へ到達するための最善ルートは、駅から町のほうに下りる長い坂道を下っていくことだと判明していたのでそれに従う。駅を出て右方向にすこし行き、最初の角で左折し、陸橋の下を通って長い坂道を下る。道なりに蛇行しつつ進むと、坂を下りきったあたりでメインストリートと交差するのでそこを右折し、橋を通ってしばらく歩けばメイン会場の教会方面にたどりつく。

途中で、祭り参加のルールを英語とスペイン語で書いたビラをたくさん配っている。まず、トマト以外の物体を投げてはいけない。トマトはつぶして投げなければいけない。トマトを投げてもいいのは11時から12時の間の一時間だけで、12時のサイレンがなったら一個もトマトを投げてはいけない、など。ペットボトルを持っていると蓋を没収されるのは、液体の入ったペットボトルを投げると危ないからだと思われる。

教会前の広場に9時過ぎに到着すると、すでにハム取り競争が始まっていた。
これは、石鹸を厚く塗りつけた電信柱くらいの木の棒の上に、足一本丸ごとの生ハムがぶら下がっているのを、参加者がよじ登って取る、という謎のゲームである。途中まで順調に登った人も、手付かずの石鹸層にたどり着くそこで滑り落ちてしまう。登っては石鹸を削り取り、滑りおちてはまた登り、とうのを永遠繰返すのである。数人で協力すればもっと効果的に登れそうなものだが、途中猛攻を繰り広げるヒトがいると別のヒトが蹴落とすというようにチームワークが欠落した状態なので、なかなか大変だ。

見ている参加者の側は、とにかく熱気で熱い。たまに放水車から参加者に向かって水をぶちまけるのが、熱気と歓声に貢献している。欧米のガタイの良い男供がTシャツ一枚で熱気でむんむんしている中に立っていると、日本人的身長の私は男いきれでなかなか酸素も十分に吸えないという状態になってしまって辛かったのであった。

そうこうするうちに11時が近づいてきた。棒の石鹸はほとんどしごき落とされ、数人が生ハムまで手をかけることができたが、ハムが取れる気配はない。どうやら棒にしっかり固定しすぎたようで、引っ張っても引っ張っても取れないのだ。どうするのだろう、ハムが取れるまでトマトを投げてはいけないというルールなのではないか、ひょっとしてこのままハムが取れなかったらトマト投げは中止なのではないか、という私の心配をよそに、後方から一台のダンプカーが近づいてきた。トマト満載である。さすがスペイン、このアバウトさが素敵だ。


(ちょっと分かりづらいが、右手に生ハムをつるした棒と、登ろうとする人々が見える。左手にトマト満載ダンプカーが到着したところ)

参加者たちはすっかりハムのことなど忘れて、「トマテ! トマテ!」の大合唱である。ダンプカーの中に緑色のTシャツを着た実行委員会らしき人々が乗っており、とまとを掴んでは投げ、掴んでは投げ、参加者に投げつける。私の顔や頭にもトマトが容赦なくぶつかる。水中眼鏡で目を保護していて正解だったが、視界はトマトで真っ赤になった。

後はもう、乱戦である。トマト、昔トマトだったつぶれた物体、濡れて破れたTシャツなどさまざまなものが飛んでくる。自分も拾って投げたが、なにしろ大混戦なので、的になるものがないと何を狙って投げていいかわからない。目立つものはとりあえず狙って投げる。教会の壁の上の一段高くなったところに上がりこんで高みの見物を決め込んでいた青年は、ターゲットにされてあっという間にトマトまみれになった。トマトがもろに当たると痛いのであまり当たりたくないのだが、誰も自分に向かって投げてくれないとそれはそれで寂しい。なんだか微妙な心理になりつつ、手近のトマトを拾っては投げるということを繰返したのだった。


(乱戦状態)


(一段高い教会の壁に座っていたため、ターゲットになっていたヒト)


ちなみにトマトは調理用の長粒種であった。当然路地物だと思うが、なかなか甘い香りがして美味しそう。私は食べなかったが、同行者は飛んできたやつを味見してみたところ確かに美味しかったそうである。おそるべき食い意地。

永遠とも一瞬とも思われる一時間が経過し、トマトの投げすぎで腕もダルくなってきたころ、サイレンがなってトマト投げ終了。教会前の広場にはトマトの赤い海が出来ていて、何人もの人が満足げに浸っていた。私もトマトの海に浸って記念撮影をしていたところ、油断した後ろからトマト汁をざばーっとかけられた。もっともそんなことされる前から、頭からつま先までトマトだらけだったのであるが。

放水車が来て、石畳の道や壁を洗い流して、町はあっという間に綺麗になった。私たちはシャワーを探してあるいたが見つからず、メインストリートを西に抜けたところに小川があったのでそこで水浴してトマトだらけの体を洗い清めた。しかしどんなに洗ってもトマトの青臭いような甘いような臭いはなかなか抜けないのであった。


(祭りの後。トマトだらけの道をそぞろ歩く人々)

La Tomatinaの TIPS

今後の参考に、参加のためのノウハウを記録しておく。

  • 宿はバレンシアに。混むので早めに予約すること。
  • バレンシアからの電車での移動は近郊電車で。特に当日は混むので早めに出ること。切符は片道券もあるが往復券のほうが少しお徳で、帰路の切符購入のわずらわしさもない。ただし、トマトまみれでぐちゃぐちゃになる可能性はあるので防水性のある袋などに入れて置いた方がいい。
  • ブニョールには荷物を預けられるところなどほとんどないので、最小限の荷物を防水処置をして持っていくこと。
  • トマト漬けになったものは洗っても臭いが落ちないので、捨てても良いものを持っていった方がよい。
  • 特に女性は下に水着を着ていった方がよい。Tシャツは破られる場合もあるし、トマトまみれになって体を洗いたいときなどに水着を着ていると便利。
  • 着替えを持っていくかどうかは好みの問題だと思うが、Tシャツがあれば快適。また、スペインの日差しは強いので、速乾素材なら洗っても、電車に乗るまでの間に殆ど乾いてしまう。
  • 水中眼鏡やゴーグルも趣味の問題だと思うが、私の場合は目の保護に役立った。ただ、トマトのせいで視界は悪くなるので、トマトがあまり飛んでこない時はうっとおしいので外していた。
  • デジカメを持っていく場合、防水処置は必須。暴動に巻き込まれて壊されたという話も聞くので、もっていくとしたら壊れても惜しくないものを。私は水中撮影用の使い捨てカメラを持っていった。最近はフィルムからデジタルデータに変換してくれるサービスもある。ただし、かさばってしまうのと撮影枚数が限られるのはいたしかたないところ。