上海蟹の季節

毎年、10月になるとソワソワし始める。11月になるとそのソワソワは増大し、一種の焦りにも似た感情になってくる。
ソワソワするだけではなく、心の中では目まぐるしく考えているのだ。
いつ行こう...
どこへ行こう...
そして
オスにするか、メスにするか...

上海蟹の季節なのである。
秋に解禁になる上海蟹は、この季節にしか食べられない珍味である。年が明けても置いてある店もあるけれど、身が痩せてくるので秋口に食べるのに限る。お値段も高いため、Hamazo 家では上海蟹を食べるのは一年に一回と決めている。(財政的には2回食べることも可能なはずだが、そのぶん他のものが食べられなくなるのが嫌なのだ)

上海蟹を食べに行く場所としては、横浜中華街へ行くか、飯田橋に出て新世界菜館方面へ行くか、のどちらかだ。10月になると、私の飽くことなきリサーチが始まる。実は上海蟹に関してはすでにお気に入りのお店もあるのだが、新たなチャレンジを愛する我々は、多くの場合は新しいターゲットをもとめて冒険をする。

熟考の末、今年は観光地化した中華街に憂いを示し、飯田橋方面に出て新世界菜館の系列である上海朝市を試してみることにした。名前の通り、点心や手延べ麺などの軽食系に重点を置いた、ちょっとこじゃれた感じの店である。以前数回行ったことがあるが、蟹を食べるのは始めて。上海系であること、そして酔蟹を置いていることが選択のポイントとなった。

料理は八千円と一万円の上海蟹コースもあるということだったが、予約してない場合は時間がかかるということだったので、アラカルトにした。
まず、何はなくとも蒸した上海蟹は欠かせない。サイズと、オスかメスかを選ぶと、生きたやつを持ってきて見せてくれる。状態を確認したら自分の名前を書いたタグをつけ、蒸してもらう。
上海蟹が蒸しあがるのを待つ間に、他の料理を頂く。自分で前菜を三種選べる盛り合わせは、ゴーヤーとエビの和え物、豚耳、そしてクラゲ。全体に上品だがとても美味しい。ビールから紹興酒に移行して、生きた上海蟹を生のまま紹興酒などを混ぜたタレに漬け込んだ酔蟹をつつく。卵を抱えたメスの蟹だったのだが、生の卵は真っ黒で、ちょっと見た感じグロテスクである。が、ちまちまと舐めながら飲む紹興酒は最高の味。
一人分がごくごく小さなおわんのような蓋付きの陶器の器にはいった上海蟹みそ入りふかひれうま煮は、どろりと濃い目のふかひれスープのようだった。溶けてしまったのか、ふかひれの存在がおぼろにしか確認できなかったのは残念。
そうこうするうちに、蟹の登場である。懐に余裕があればオスメスいっぱいずつ食べるのだろうが、我が家は一般大衆であるため一人いっぱいの原則を守る。そのかわり、私がメスを、連れがオスをとって半分ずつ交換するので両方楽しめる。メスの方は、たっぷり詰まった卵が栗のようにほっくりと甘い。オスの方は、喉に張り付くような食感のねっとりした白子とミソがあいまって、ちょっと他にたとえるものが見つからないという感じの珍味である。

オスにするかメスにするか、というのはいつも一番の悩みどころなのだが、先日どこかで読んだ記事では、10月くらいの早い時期はメスが、11月くらいになるとオスが、旨いのだそうである。そういわれても、二人以上で行くならやっぱり両方味わいたいと思ってしまう。
足の身のほうはさして美味しいというほどでもなく、小さくて面倒くさいのだが、チッチッチと綺麗にほじくって食べる。蟹を食べると会話がなくなるのはいつも同じだ。あとは、シーズンの牡蠣を揚げたものを取って結構満足したので料理はここまで。最後に手延べ麺の担々麺と、海鮮おこげ。両方とも上品で美味しかった。上海蟹を食べると、今年もあと少しだな、と思うのが毎年の恒例になってきた。